一角は武器にあらず 天然ダイバー・イッカクの謎

2020年01月21日

一角は武器にあらず 天然ダイバー・イッカクの謎

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Photo by - Dr. Kristin Laidr - Pod Monodon monoceros
暗く冷たい北極海。そこには伝説上の存在を思わせる、異質な動物が暮らしています。ユニコーンのような−まっすぐ伸びるツノを自慢にする−イッカクです。ツノには激しいケンカが付き物なのですが、イッカクはツノを武器にすることはありません。とても温厚な動物で、仲間と横並びに泳ぎまわっているのです。ではツノをどう役立てているのか。彼らの秘密を探ります。



ツノありシロイルカ

英名nalwhal。「nal」には「死体」という物騒な意味合いがあります。これはイッカクのゴマ模様が、人間の水死体を連想させることが由来ですね。ただ、イッカクは年を重ねるごとにゴマ模様が減っていき、最終的にシロイルカのように真っ白なクジラになります。

実際、イッカクはシロイルカと勘違いされることも。ツノを備えるオスであれば間違えようがありません。しかしメスにはツノがないので、傍目にはシロイルカと判別が難しいのです。

先に述べた地肌の色もそうですが、体長もほとんど差がありません。ともに5.5mまで成長します。背びれがないことも共通の特徴ですね。氷の下を泳ぎやすくしようと、引っかかって邪魔になる背びれをなくしてしまったのでしょう。

ちなみに見た目だけでなく、遺伝的にもかなり近しい存在だったりします。イッカクとシロイルカが交わり、ハイブリットな子供を産んだ記録も残っているほどです。もしイッカクにツノがなければ・・・。シロイルカの亜種に分類されていたのかもしれませんね。

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Photo by - Piotr Siedlecki - Narwhal Isolated
これが全体像。やはりツノが目を惹きますね。丸いからだは魚雷を思わせます



ユニコーンホーンの真実

一角獣とくれば、伝説上の生き物ユニコーンを彷彿とするのは仕方がないこと。イッカクのツノがユニコーンホーンと呼ばれているのも頷けます。らせんを描きながら、ただ真っすぐ伸びていくツノは、長さ3m・重さ10kgに達します。重さに関してはイッカクに勝るツノの持ち主も多いのですが、長さに関してはイッカクの独り勝ちです。そもそもツノが真っすぐ伸びるのは、自然界ではとても珍しいこと。基本的には反ったり曲がったりしますからね。ただただ長さを追求するイッカクは異様な存在です。

見た目のインパクトもさることながら、イッカクのツノには驚きが詰まっています。一番衝撃なのが、「ツノかと思いきや実は“キバ“だった」ということ。通常であれば、死んだ皮膚細胞や体内の骨を素材として、ツノを完成させるはずです。ところがイッカクのツノはエナメル質。ゾウのキバと同じで”歯“を由来とするのです。とはいえ、口の中から直接生えているわけではありません。むしろイッカクは口の中に歯が1本もありません。実はイッカク、30〜40本の歯を生やすエネルギーを集結させ、極長の一角を作り上げているのです。なるほど。歯を口の中ではなく外へ伸ばすと、ツノになるのですね。

さて、イッカクはツノを何に使うのでしょうか。これがまた難しい問題で、多くの研究者を悩ませてきました。

「ツノを武器にするのでは?」まず思い浮かぶ用途です。ところがイッカクには、「メスのほうが長生き」という事実があります。もしツノが有利に働くのであれば、ツノを持たないメスよりも、オスのほうが長生きするはず。狩りに役立て獲物を大量に―とはいかないようですね。加えて、イッカクはツノを突き合わせる―ケンカもほとんどしません。せいぜい互いのツノを触れ合わせる程度。長さを競うことはあるのですが・・・。やはりツノを武器としては見ていないようです。

イッカクの研究が進むと、ある事実が見えてきました。それは「ツノに神経が通っている」ということ。しかも、なぜかキバの表面へ剥き出しになっています。私たち人間も、歯が欠けてしまうと、その部分だけ冷たいものが染みたりしますよね。これこそ神経が剥き出しになっている状態。イッカクはつねにこの状態にあるわけです。となれば、武器のように乱暴には扱えません。わざわざ痛い思いはしたくないでしょうし、折れてしまえば大惨事です。私たち同様、一度折れた歯はそう簡単に生えてこないのですから・・・。

新事実から浮かんだのが、「ツノで周辺状況を探っているのでは?」という説。ツノの表面には1000万個の神経があるとのこと。これだけあれば、外の状況を正確に測れます。温度、水圧、塩分濃度を測り、生存に有利な海域へ移動している。これは説得力がありますね。実際、イッカクは季節ごとに大移動をしますから。

もし大移動に失敗すれば、イッカクは死んでしまうでしょう。2008年のカナダでは、約1000頭のイッカクが氷に閉じ込められて全滅しました。2009〜10年にかけても、グリーンランドで2回の閉じ込め事故が発生。約100頭が犠牲となりました。もし季節を測り損ねれば、命にかかわるわけです。これを考慮すると、「イッカクはツノをセンサーに使う」説はなかなか有望ですね。



深海ダイバーのからだづくり

イッカクの特技はダイビング。10分間で1000mの距離を潜ります。深海でエサを食いだめして、また海上へ戻るのです。潜る距離は季節によりけり。夏場は海面〜50mの浅瀬狩りを楽しみますが、季節が進むとだんだん回数も深度も伸ばしていくように。極寒地を生き抜くには、体温を高めるエネルギーが大量に必要です。冬を越すために食事を増やすのは自然なことでしょう。

本格的に冬が訪れると、イッカクは1回のダイビングで1000m潜るようになります。しかも、それを毎日18〜25セットも繰り返すのです。片道10分としても3〜4時間。それだけの時間を深海で過ごすとなれば、からだへの負荷も相当です。水圧だけで考えても、深度1000mで100気圧かかりますからね。木片であれば、半分の大きさまで潰れてしまいます。特別な対策が必要でしょう。

ペシャンコにこそなりませんが、イッカクのからだも水圧で潰れてしまいます。ただし潰れるのは肋骨の付近だけ。他の器官へ水圧が及ばないよう、あえて肋骨を潰して、水圧をコントロールしているのです。イッカクの肋骨は伸縮性に長けているため、どんな圧力をかけても折れる心配はありません。

人間のダイビングには、酸素ボンベが欠かせませんよね。イッカクもまた、酸素ボンベを用意してダイビングへ挑みます。というのも肺、血液、筋肉をフル活用すれば、70ℓもの酸素を体内に蓄えられるのです。
(ちなみに人間がダイビングで用いる酸素ボンベは10ℓ前後)。

これだけ酸素を蓄えられるのはミオグロビンのおかげ。血液中に含まれる、酸素を運ぶ成分です。イッカクは陸上動物の8倍ものミオグロビンを持っています。全身を酸素ボンベにできるのも納得ですね。

ダイビングには安定した筋力も大事。イッカクは持久性に優れる筋肉を育て、わずかな酸素でも長時間の運動が可能です。酸素供給も抜かりありませんよ。イッカクは、ダイビングに関係ない器官を一時的に機能停止させ、酸素を節約することができます。浮いた酸素を筋肉に送れば、それだけ長く深海に留まれるわけです。

イッカクが魚雷のような姿をとっているのも、ダイビングを成功させるためでした。前方で受ける水の抵抗を、後方へ逃がしやすい形なのです。背びれがないことも味方して、最小の運動エネルギーでグングン潜っていけます。

皮肉なことに、自慢のツノは水の抵抗を増やすだけ。ただのお荷物となってしまいます・・・。それでも1000m潜るには支障ありません。涙ぐましい努力を積み重ねた結果、イッカクは一角とダイビングテクニックを両立させたのです。
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